第85章

田中尚哉は今夜、帰らなかった。もちろん大島莉理も彼を寝室に入れるつもりはない。ただ、これ以上あの男を刺激して面倒を増やしたくなくて、渋々了承しただけだ。

ただし、寝るのはソファ。

それでも田中尚哉は嬉しそうだった。

深夜。ベッドに横になっていた大島莉理は、扉の向こうから、かすかな足音がするのを聞いた。――忍び足。羽が触れるみたいに、軽い。

目を開ける。ガラス玉みたいな瞳が、暗闇の中で不自然なほど冴えている。

足音は寝室の前まで来て、ぴたりと止まった。

それ以上近づかない。ノックもしない。ドアノブに手を掛ける気配すらない。

でも、莉理は怖くなかった。

仮に入って来ようとしても無...

ログインして続きを読む